仙台高等裁判所 昭和60年(く)44号 決定 1985年11月20日
少年 T・K子(昭42.4.11生)
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告の趣意は、附添人○○○○が差し出した抗告申立書に記載されたとおりであるから、これを引用する。
抗告の理由中、法令違反を主張する点について
所論は、要するに、原裁判所は、審判廷において、糾問的な少年の非行事実の確認とその動機の追及に終始し、保護者に対しても、十分に陳述させず、殊に、少年にとつて重要な母親に陳述させていないのであつて、原裁判所の審判は、「審判は懇切を旨として、なごやかに、これを行わなければならない。」との少年法22条1項の規定に反する、というのである。
そこで、所論にかんがみ、記録を検討するのに、原裁判所が審判に際して、少年の非行事実の有無、経緯、動機、態様等について少年の言い分を聞き、これを確めていることは明らかであつて、所論のように少年を糾問的に追及しているとは認め難いのみならず、少年の非行事実ばかりでなく、その資質、性格、生育歴、家庭環境、保護者の監督指導能力等ひろく要保護性、その処遇に関する各般の事項についても、審判前に家庭裁判所調査官により少年本人、少年の父母に対する面接調査を含めて詳細な調査検討がなされ、鑑別所技官による鑑別等も行われているのであるが、更に審判において、審判官が直接少年及び保護者である少年の実父母を出頭させ、少年及び保護者である父親から、その陳述を聞いているのであつて、少年本人・その保護者に対する審問が不適切で相当性を欠くものであるとは到底思料し難く、少年の母が現に陳述していない点をとらえ、直ちにその手続が不当であると即断することもできない。したがつて、原裁判所の審判が少年法22条1項の規定に反するものとはいえす、原裁判所の調査、審判の手続において違法、不当と目すべきものを見いだすことはできず、原決定につき、決定に影響を及ぼす法令違反が存するとは解されない。論旨は理由がない。
抗告の理由中、処分の不当を主張する点について
所論は、要するに、本件非行事実の罪質、態様、少年の前歴、資質、家庭環境等に照らし、かつ、少年から覚せい剤を注射してもらつた成人であるA子が、その刑の執行を猶予されていることなどを勘案すると、少年を中等少年院に送致することとした原決定の処分は著しく不当である、というのである。
そこで、関係記録を精査し、これに現われた本件非行の性質、態様、動機、少年の資質、年齢、性格行状、生育歴、非行歴、生活環境、交友関係、家庭の事情、保護者の保護能力など少年の処遇に関する諸般の情状、殊に、本件非行事実は、覚せい剤約0.06グラムの譲り受け1回、覚せい剤0.251グラムの所持1回、覚せい剤の自己使用及びA子への注射による使用各1回を内容とするものであり、所論指摘のように覚せい剤の量は多いとはいえないものの、原決定が説示するように、少年は、両親の監護下にあつた○○町在住当時から覚せい剤とかかわりをもち、その後、昭和60年3月ころ家出同然にして盛岡市に移り住み、ホステスとして稼働中、客から覚せい剤を譲り受けて使用するようになり、右譲渡人の逮捕後も、他から覚せい剤を譲り受けて覚せい剤非行を継続し、しかも、高校生当時多数回にわたり、トルエン吸入等をし、家庭裁判所において毒物劇物取締法違反の罪(トルエン吸入1回)により審判不開始の決定を受けているのであつて、少年のこれら薬物に対する親和性、嗜好性は強く、それが少年の情意統制力に乏しい自己中心的な性格に根ざすものと考えられるのであつて、本件覚せい剤非行の非行性は根深く、軽視し難いものであり、これに対する最も適切な教育的処遇が肝要であると思料されること、また、少年の保護監督の点を検討すると、上述のように、少年は、両親の監護下にあつたときからトルエン、覚せい剤にかかわつているうえに、家出同然に両親のもとを離れるなどしているのであつて、これまでの監護状況に照らしても、両親の少年に対する指導、監督に多くを期待することはできないことなどを併せ考えると、少年が、本件の非を反省し内省を深めつつあり、更生の意欲を示していることや、保護者も、少年を手元に置き就職させる予定でいること、少年には上記審判不開始の決定を受けた以外に処分歴がないこと、その他、所論指摘の諸点を十分考慮しても、もはや在宅保護によつて、少年の薬物嗜好性、不満耐性の弱い少年の性向を矯正し、少年を更生させることは困難であると思料され、この際、少年を施設に収容して専門家による短期集中的な指導教育を行い、情緒面の安定と成熟をはかるとともに、薬物の危険性を認識させ、遵法精神を養い、社会適応力を培うことが、少年の健全な育成のためには必要かつ妥当な措置であると判断される。したがつて、少年を中等少年院(一般短期)に送致することとした原決定の処分は十分首肯し得るところであつて、もとより著しく不当であるとはいえない。論旨は理由がない。
以上の次第で、本件抗告は理由がないから、少年法33条1項後段、少年審判規則50条によりこれを棄却することとし、主文のとおり決定をする。
(裁判長裁判官 粕谷俊治 裁判官 小林隆夫 小野貞夫)
抗告申立書<省略>
〔参照〕原審(盛岡家 昭60(少)1307、1308、1336号 昭60.10.28決定)
主文
少年を中等少年院に送致する。
押収してある覚せい剤合計0.226グラム(ビニールパケ5袋に分包・昭和60年押第133号の1、2、3、5、6)、銀紙2枚(同号の4、7)、ビニール袋1枚(同号の8)、注射針1本(同号の9)、煙草ケース1個(同号の17)をいずれも没取する。
理由
(非行事実)
少年は、法定の除外事由がないのに、
1 昭和60年8月23日午後零時30分ころ、盛岡市○○×丁目×番××号所在のコーポ・○○○××号室において、
(1) フエニルメチルアミノプロパン塩を含有する覚せい剤水溶液約0.25ミリリツトルを自己の右腕部に注射し、もつて、覚せい剤を使用し
(2) B(当時23歳)から覚せい剤であるフエニルメチルアミノプロパン塩を含有する結晶約0.06グラムを代金5000円で譲り受け
2 (1) 同年9月24日午前3時ころ、同所において、フエニルメチルアミノプロパン塩を含有する覚せい剤水溶液約0.25ミリリツトルをA子(当時23歳)の左腕部に注射し、もつて、覚せい剤を使用し
(2) 同日午前10時35分ころ、同所において、覚せい剤であるフエニルメチルアミノプロパン塩結晶合計0.251グラム(うち、0.025グラムは鑑定のため費消済み・昭和60年押第133号の1、2、3、5、6)を所持し
たものである。
(法令の適用)
非行事実1(1)及び2(1)につきいずれも覚せい剤取締法19条、41条の2第1項3号を、同1(2)につき同法17条3項、41条の2第1項2号を、同2(2)につき同法14条1項、41条の2第1項1号をそれぞれ適用する。
(処遇の理由)
1 少年は、昭和58年3月に岩手県東磐井郡○○町立○○中学校を卒業後、同年4月、岩手県立○○高等学校に入学したが、家出やシンナー吸入等で停学処分を受けたこと、そのために修学旅行へ行けなくなり、復学後もクラス内でいたたまれない気持になつたこと等から通学の意欲を喪失し、昭和60年3月、同校を中途退学し、家出同然に盛岡市内に移り住んで同市内所在の喫茶店で稼働したものの、程なくして同店経営者との折合いが悪くなつて同年4月に同店をやめ、その後、同年5月10日ころから、同市○○×丁目所在のスナツクでホステスとして稼働することとなり、また、その後、前記コーポ・○○○××号室に居住することとなつた。
ところで、少年は、前記の経緯で昭和60年3月に盛岡市に移り住む以前の○○町在住当時から覚せい剤使用経験を有していたところ、盛岡に転居後、前記スナツクで稼働中に来客として知り合つた○○○ことBが覚せい剤を扱う人間であることを聞き知り、同年6月ころ、Bに対して少年自ら覚せい剤の譲渡を依頼すると、当初はこれを断わられたが、しかし、その後、Bは、しぶしぶながらも覚せい剤を少年に譲渡するようになつた。そして、少年は、頻回にわたり、Bから覚せい剤の譲渡(注射2回分当り代金5000円)を受けるとともに、同人から覚せい剤水溶液の注射を受け、やがて、少年自ら自己の腕に覚せい剤水溶液を注射するようになり、更に、同年8月20日過ぎころから、同僚のホステスであるA子に対しても前後5回程度〔前記非行事実2(1)を含む。〕にわたり覚せい剤注射をして同人に覚せい剤の使用を覚えさせ、また、そのころ、Bから覚せい剤運搬の擬装のための小荷物受取人となることを依頼されてこれを承諾し、同年8月23日午前11時ころ、前記コーポ・○○○××号室において、宅配便で宅配された菓子箱を受領し、同所で一緒に待ち受けていたBから菓子箱中に隠されていた覚せい剤合計約4グラムの一部(約0.04グラムをもらいうけて直ちに前記非行事実1(1)に及ぶとともに、Bに対して「少し回してくれる?」と言つて同1(2)の非行に及んだ。
このようにして、少年は、覚せい剤にのめり込んできたのであるが、その後、Bが逮捕されたため、同人から覚せい剤の譲り受けを得ることができなくなつていたところ、同年9月初旬ころ、前記スナツクの従業員C(当時19歳)に覚せい剤を売りさばいていたDから電話連絡を受けて同人から覚せい剤を代金2万円で譲り受け、これを自ら注射しあるいは前記A子に注射して使用し、更に、同月23日ころ、同様に連絡を受けてDから覚せい剤を代金4万円で譲り受け、かくして、B逮捕後も依然として覚せい剤非行を継続してきた。このほか、少年は、前記Cの覚せい剤非行にも助力してきたが、同年9月24日、Dから譲受けた覚せい剤の一部を用いて前記非行事実2(1)に及び、自らも自己の腕に覚せい剤注射をした後、覚せい剤結晶の残量合計0.251グラムを小分けしてビニールパケ5袋に分包したうえ、更にこれを少年用とA子用とに分け、銀紙に包んで煙草ケースの中に隠し入れ、その後、後かたづけをするなどしていたところ、同日午前10時30分ころ、捜査官による捜索を受けた結果、前記非行事実2(2)が発覚するに至つた。
以上認定のとおりであり、少年の覚せい剤非行の基底には極めて根深い問題があると言わねばならない。殊に、それが両親の監護下にあつた○○町在住当時に始まつており、他方、B逮捕によつても継続されていたこと、少年が自ら進んで覚せい剤にのめり込み、あまつさえ、覚せい剤の拡散に助力してきたこと、更に少年には相当回数(200回)のシンナー吸入等の薬物非行歴があることは、無視することができないと言わざるを得ない。
2 そこで、少年の資質等について検討すると、○○○○作成の鑑別結果通知書及び当庁家庭裁判所調査官○○○○作成の調査報告書からも窺れるように、少年の前記非行の背景には、少年のこれまでの生育歴に起因する不満耐性の欠如、自己中心的な性格、依存対象の不存在等の重要な因子となつているものと考えられる。即ち、
(1) 少年は、幼少時から高校中退するころまで、両親が共働きのためいわゆる「鍵つ子」として孤独な人生を歩んできたのであるが、このことが一面では少年の自己本位な性格を形成させる原因となるとともに、他面では少年の充足されない愛情欲求をゆがめさせ、過度の依存性を強めさせることとなつた。
(2) しかも、少年の経歴上、不幸なことにも、適切な依存対象を欠いたために、物質(シンナー、覚せい剤等)に対する依存または現実的な人間関係の下での種々の葛藤からの逃避が少年の心理の基底をなすに至つた(少年の数次にわたる家出、転職、不良交友は、このような背景の存在の上で把握されるべきである。)。
(3) そして、少年の不満耐性の脆弱性が少年の性向における問題性を更に増強させてきたということが窺えるのである。
3 他方、少年の保護環境について検討すると、少年の両親は健在であり、少年を○○町の自宅に引き取つて監督したい旨を述べているが、現実には少年の更生のための具体的かつ効果的なビジヨンを持たず、日々の生活に追われるような状況であり、結局、両親が効果的な指導を実行し得るか否か疑問なしとし得ない(殊に、昭和59年盛岡家庭裁判所一関支部に前件係属時の両親の監護の約束と見込が容易に裏切られてしまつたことが注目されるべきである。)。
また、前記のとおり、○○町には覚せい剤関与者が居住している可能性があるところ、少年の現状のままで再びそのような者との接触を許した場合、少年が薬物事犯の再犯に陥る危険性が極めて大きいと考えられる。
そして、少年自身も、○○町における生活について具体的現実的な構想を持つていないから、たとえ一時的には自宅での安定が期待されるとしても、早晩これが破れ、結局再び家出同然に都会に出てしまう虞れも十分に窺われる。
4 従つて、少年に対する在宅での保護は、今の段階では不適当と断ぜざるを得ない。少年が在宅での専門家による指導に対応し得るためには、
(1) 自己を含めた人間一般に対する真の思いやりと相互尊重の必要性を理解すること(殊に、家庭における両親に対する構えを改善すること)
(2) 長期的な人生の展望の中でその時々の自己の状態を位置づけるような視点を持つこと
(3) 薬物への逃避や低次元での人的接触(特に自己の犯罪への巻き込みや他人の犯罪への加功)によつてではなく、内省と自律によつて自己の生活を規律することへの指向性を獲得すること
(4) 覚せい剤及びシンナーの害悪について正確な知識を持つこと
以上の諸点が満たされていなければならないと考えられる。
してみると、とりあえず、少年を矯正施設に収容し、集中的かつ計画的な集団教育を加えることによつて、上記諸点を可能な限り充足させたうえで社会内の処遇に移行させるのが最も妥当であると思料されるが、当審判の時点において、少年が鑑別所内での生活を通して自省を深めつつあり、自己の短所を悟りつつあること、少年の知的水準が決して低いものとは言えないこと、薬物事犯について少年に常習性があるとまでは認め難いこと、その他本件記録に現われた全事情を総合考慮すると、少年を中等少年院に送致し、一般短期の処通を加えるのが相当であり、これをもつて十分な処遇効果を期待し得るものと判断する次第である。
5 よつて、少年法24条1項3号、少年審判規則37条1項を適用して少年を中等少年院に送致することとし、没取につき少年法24条の2第1項1号、2号、2項を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 夏井高人)